京の水文化を世界に発信

〜市民参加型の国際会議「第3回世界水フォーラム」 〜
カッパ研究会・NPO世界水フォーラム市民ネットワーク

鈴木 康久

<2003年3月に第3回世界水フォーラムが開催>

国立京都国際会議場において、過去最大の参加者があった国際会議「第3回世界水フォーラム」が、2003年3月16日(日)から23日(日)の8日間にわたり開催された。

1997年のモロケシュ(モロッコ)、2000年のハーグ(オランダ)に引続き、京都を中心に淀川流域の滋賀・京都・大阪で開催された国際会議には、182ヶ国・地域から24,000人以上の参加があり、当初に予想していた8,000人を大きく超える国際会議となった。この内、海外からの参加者は6,000人を超えており、期間中、京都市内の地下鉄では水フォーラム新聞(英語と日本語で事務局が毎日発行)を手にする外国人の姿が多く見られた。今回の国際会議の目的は、オランダのハーグにおいて示された閣僚宣言「基本的な水ニーズへの対応、食糧供給の確保、生態系の保護、水資源の共有、危機管理、水の価値の確立、賢明な水の統治」などについて議論し、2002年夏のヨハネスブルクサミット(持続可能な開発に関する世界首脳会議)で採択されたコミットメット「安全な飲み水を入手できない人の割合と衛生施設にアクセスできない人の割合を2015年までに半減させる」を実現する方法をついて示すことにあった。

この国際会議において特筆すべき点は、これまでの国際会議とは異なり「誰でもが参加できる国際会議」をキイーワードに、NGO、国際機関、学会、市民の誰もが分科会を開催できるシステムを設けたことにある。

<世界水フォーラムに向けて、京都市民は何をしたのか>

誰もが参加できる第3回世界水フォーラムに関わりたいとの思いを持つNGOや個人が集まり、「何をしたいのか、何をするのか」の議論が数ヶ月間にわたり続いた。そして、2001年10月に地下水・雨水利用・水貿易・気候変動やダムなどのテーマを持って活動している団体や個人が参画し、NPO法人世界水フォーラム市民ネットワークを設立した。京都の水文化を研究する「カッパ研究会」も、より多くの人に京都の水文化について伝えることを目的に、市民ネットワークと連携して「京の水文化を語る座談会」を一月に1回のペースで開催することとした。座談会のテーマは、様々な側面を持つ水文化の中から日々の暮らしに関わりの深い「食文化」と千年の古都である歴史性を重視して「伝承」にした。現在10回を数える座談会には延べ400人余りが参加している。座談会は、「京の水伝承」や「水源の神を考える」、「京の川と納涼床」などの話を聞くだけではなく、貴船神社や日本の酒処として知られる伏見の酒蔵を訪ねた他、今日庵でお呈茶をいただくなど現地でのプログラムも行った。

また、京都の水文化を少しでも多くの方に知っていただきたいとの思いで、座談会の内容を中心に京都の水文化について記載した「もっと知りたい! 水の都 京都(出版社:人文書院)」を2003年2月に出版した他、環境フェスティバルなどで京都の水文化を紹介するパネル展示などを行ってきた。

<京都は「水の都」>

座談会での議論、現地や文献調査でわかってきたことは、千年の都であった京都は、「水の都」でもあったことである。水の都としての条件は、政や精神において日本の中心であるとともに、人・物・情報が集まる中で水文化を創造し発信することにある。この条件を京都は兼ね備えていた。

最初に述べなくてはいけないことは、水の神の中心が京都にあり、水に関わる政が京都で行われていたことである。平安京の造営後、朝廷は賀茂川の上流にある貴船神社を水にかかわる政の中心として位置付けるようになった。貴船神社は、雨を降らせたり止ませたりする晴雨を司る高オカミと闇オカミを祭神として祀っている。平安時代、日照りや長雨に困ると朝廷から勅使が来て、雨止には白馬や赤馬を、雨乞いには黒馬を奉納した。その回数は数百回にものぼると伝わっている。現在でも、全国植樹祭などの式典や琵琶湖の貯水量が減った時には関係者が晴天や雨乞いの祈願に来ている。今回の国際会議についても会議の成功と人々が水で困ることがないよう祈願祭が行われた。祭神であるオカミを「延喜式」に探すと、河内、和泉、越前、尾張、備後、因幡などの古社で祀られており、10世紀には日本各地に広がっていたことがわかる。現在、貴船神社の分社は全国に500社、オカミを祀る神社は2000社を超えている。

その他にも朝廷が雨乞いを行った場所が幾つか京都にはある。その代表的な場所が神泉苑である。この地での雨乞いは、嵯峨天皇が819年に最初に行ったとされており、その後も多くの天皇が雨乞いや雨止の祈祷を行っている。この中で最も有名な雨乞いの話は、弘法大師が善女龍王を勧請し3日間に渡り雨を降らせた伝説である。神泉苑で雨乞いが行われなくなったといわれている鎌倉時代以降も、諸国から雨乞いのための水を神泉苑に汲み来る話が残っている。このように京都は水の政の中心であり、精神のよりどころであった。

また、桓武天皇が造営した平安京には、基盤の目の道路と10以上の人工河川が整備された。当時、計画的に整備された河川は、運河であった堀川や西堀川と生活排水路の役割をしていた富小路川、東洞院川、烏丸川、室町川などである。一方、飲み水は、井戸に頼っていた。ある意味、京都は上水と下水を併せ持った都市であったと言える。滝沢馬琴が京都の良きものの3つに加茂川の水をあげており、水質も良かったことがわかる。江戸時代に書かれた「京羽二重(1685年)」には、7つの名井戸と20の名水が記されており、京都ではこれらの名水を活かした食文化が成熟することとなる。京の水は鉄分が少なく、硬度が低いことが特徴で水を大切にする薄味の京料理を育むことにつながった。この水で造られるのがお酒であり、豆腐や湯葉、そして麩などの京料理には欠かすことができない食材である。これらの食材は中国から禅僧が持ち帰ったものが多く、異国の文化が都人の暮らしを演出してきた。京都で育まれた食材の一つである麩は、「擁州府志 (1684年)」が記しているように、江戸時代には諸国で賞賛されるようになった。また、江戸時代の観検w?��ぅ疋屮奪�任△襦崕Π篥毀晶蠖涓顱1787年)」には、二軒茶屋で豆腐田楽を見ているオランダ人の姿が描かれている。このように水に関わりの深い京の食文化は、国内外で注目されており、これは、食だけでなく文様などにも言える。

世界から京都に集まった人たちが、このような地域独自の水文化を紹介しあう中で、水文化の重要性を再認識し、その意義を広く伝えることが第3回世界水フォーラムの分科会の主要テーマ「水と文化多様性」の目的である。

<第3回世界水フォーラムで議論された「水と文化多様性」>

「水と文化多様性」をテーマにした分科会は、京都国際会議場において3月16日(日)から17日(月)に約1000名が参加し開催された。本分科会は、ユネスコ、フランス水アカデミー、国立民族学博物館(日本)の3者のコーディネートのもと、「水と文化多様性・オープニング」、「水の文化・知識から行動へ」、「文化財を守る水の文化」、「世界の先住民族:水の精霊世界」、「水と地域:生活の中の水」、「失われた権利:水利用の伝統」の6つの分科会で構成されており、約30ヶ国から56の報告がなされた。

「環境や水の分野であれば、世界に発信できるものが日本にはある」との建築家の安藤忠雄氏の基調講演で始まった分科会では、ニュージーランドの先住民族であるマオリ族の代表が「自己紹介で名前を言わないで、川や湖の名前を伝えることがある。川や湖は部族の命であり、水とは精神的につながっている」との発言し、会場の共感を呼んだ。また、ラムサール条約に関するスペインの報告者は「水には、技術、神、食などに関わる文化があり、口から口へと伝えられている。これらの文化を失うことは、地域のアイデンティティーを失うことになる」と発言。同様趣旨でもある「水は社会文化の主体であり、客体であり、表現の源になっている」などの報告が、コンゴの先住民族や京都、ベトナムなどからあり、暮らしに息づく水文化(水の知恵)の重要性が参加者の共通認識となったことは意義あることであった。

 分科会の最後は「水資源の管理・開発の基本は文化である。トレードだけですまされる問題ではない。また、持続可能な開発は経済・環境・社会の3つの要素から構成されているが、その地盤は文化であり、その土壌は倫理である」との言葉で締めくくられた。それでは、これから我々はどのように水と向き合っていけばよいのだろう。

<これからの水文化は?>

その答を今回の国際会議の報告に求めると、一つは先人から受け継いだ文化の保存や活用にある。イタリアのシエナでは中世の地下水道に文化的価値を見いだし博物館化しており多くの観光客を受け入れている。京町家に見られる打ち水や元旦の若水などの水に関わる習慣は、一時の清涼と厳粛さを私たちに感じさせてくれる。このような空間や時間を受け継ぐことが重要であるとの報告に疑問を挟む余地はない。必然性が文化を生みだし、より完成された文化が時間の中で淘汰されないで継承されていく。

しかし、一方で新たな水文化の創造も重要なことである。今回の国際会議では、世界子ども水フォーラム・京都の「子ども特派員(7歳から15歳までの30名)」が正式プレスとして認められ、世界からの参加者にインタビューした内容をまとめた「水っ子新聞(英語と日本語)」を期間中に4回も発刊している。今回の国際会議で活躍した子ども特派員をはじめとした世界の子ども達が、新たな水文化を創造してくれることを期待せずにはいられない。

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