明和年間の図

 

●明和年間(1764〜1772年 約230年前)に、本庄の御竹倉近辺で傭夫か怪しい物を捕らえたので、大田澄元(1721〜1795年)に見せて、その名を問うたところ、澄元は「水虎。俗に言う河伯である」と言い、懐中からこれと同様の姿を描いた図を出して見せた

◎丹洲の筆になるこれと同様の図の中に、河童の姿態について、次のようなことが書き添えられている。
◎身長は2尺(60センチメートル)程度である。
◎全身は、水苔のようで鯰や鰻の肌のような粘り気がある。
◎頭の毛は、棕櫚の毛のような黒みがある。
◎手足の関節は白く、凹んだところがある。
◎脇の下から腰の左右にかけて、腰巻のようなものがある。それは、例えれば、魚のヒレのようなもので、背腹と同様の色である。

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